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東京地方裁判所 平成5年(ワ)19149号 判決

原告

江澤孝

右訴訟代理人弁護士

松田武

被告

三協株式会社

右代表者代表取締役

山本勲

右訴訟代理人弁護士

山本治雄

主文

被告は原告に対し、二二〇万五〇〇〇円及びこれに対する平成五年四月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一、第二〈省略〉

第三  争点に対する判断

一  本件退職金支給率改訂の有効性について

本件退職金支給率改訂の有効性についてはその合理性の有無とその改訂手続の履践の有無との両面から検討しなければならない。

本件退職金支給率改訂は、従業員にとって退職金の支給額が減額となるのであるから、不利益な変更となることは明らかであり、したがって、それなりに合理性を有しなければその効力を有し得ないと解すべきである。

また、本件改訂条項は、被告において本件退職金規定を改訂するには被告に対し従業員の代表者との協議を経るべき義務を負わせているものと解することができる。このことは、従業員に支給する退職金は、その支給率をも含め重要な労働条件の一つであることから、被告においてこれを被告の一存のみによって軽々に改訂することはできず、これを改訂するには常に従業員の代表者との協議によってのみなし得るものとして、それなりに合理性を有するのであり、したがって、右協議を経ることなくなされた改訂は、少なくとも本件のように退職金の支給率を引き下げるという従業員にとって不利益となる面においてはその効力を有しないものと解すべきである。

1  本件退職金支給率改訂の理由と経緯について

証拠〈証拠略〉によると、次の事実を認めることができる。

被告が本件退職金規定の改訂をなした理由は、被告の業績が悪化するのに今後の退職金支給額が増加しこの支給に困難を来すおそれがあることと同業他社と比較して支給額が高額であるのでこれを是正することにあった。

そこで、被告の業績をみるに、第三一期(平成二年六月一日から平成三年五月三一日まで)の売上高は約一六三億六八三一万円、営業利益は約九億一五七二万円、経常利益は約六億三七九四万円、当期利益は約二億五八三一万円であり、第三二期(平成三年六月一日から平成四年五月三一日まで)の売上高は約一七〇億五八〇〇万円、営業利益は約一三億八三三四万円、経常利益は約九億八五四三万円、当期利益は約二億四一〇八万円、第三三期(平成四年六月一日から平成五年五月三一日まで)の売上高は約一五一億七一四六万円、営業利益は約一二億三一五二万円、経常利益は約九億五三〇四万円である。

他方、退職共済金は、第三一期で約三七七四万円、第三二期で約七九九五万円、第三三期で約三五六三万円である。

そして、定年退職者は、第三一期で四人、第三二期で二人、第三三期で四人、第三四期で四人であるが、このうちの第三三期では二人の役職者が含まれており、この者に支給する退職金は高額となる。

このようなことから、被告は、平成四年一〇月下旬から退職金規定の見直しに着手し、そのころ、月一回開催されることとなっていた同一資本系列会社の役員が集まり経営概況報告等をしていた役員会議で本件退職金規定についての一応の詰めをなし、月一回開催されることとなっていた同年一一月二八日の常勤役員(一〇名)と主任以上の所長として任命されている社員との合計五五名で構成されている幹部会に諮って本件退職金規定の改訂についての了承を得、そのころこれを文書化し、各部署に配布した。

なお、平成四年一一月当時の全従業員は約二一〇名であった(但し、この点は争いない。)。

2  本件退職金支給率改訂の有効性について

先ず、本件退職金支給率改訂の理由となった業績悪化をみるに、第三三期(平成四年六月一日から平成五年五月三一日まで)の売上高は約一五一億七一四六万円、営業利益は約一二億三一五二万円、経常利益は約九億五三〇四万円であって、第三一期と比較して売上高は落ち込んでいるものの、営業利益、経常利益とも上廻っており、定年退職者をみても、第三三期で増加することでもなく、退職共済金をみても、第三二期は著増しているが、第三三期は第三一期と比較して減少しているのであって、以上の点からみると、本件退職金支給率改訂に被告が主張するような合理性が存したかは疑問のあるところである。

次に、改訂手続面をみるに、本件退職金支給率改訂は、役員会議、幹部会に諮ったうえでなされているが、このことが本件改訂条項にいう従業員約二一〇名の代表者との協議を経たことになるかは疑問のあるところである。

もっとも、本件退職金規定中には従業員の代表者の選出手続についての規定はなく、他にこれを定めた規定も証拠上見当らないが、幹部会の出席者合計五五名がその構成からみても右従業員の代表者といえるかは疑問のあるところであるからである。

以上のことから本件退職金支給率改訂はその効力を認めることはできない。

二  原告に支給すべき退職金について

原告に支給すべき退職金額は本件退職金支給率改訂前の支給率に基づいて支給されることとなるので、前述したとおり八八二万円となる。

被告は、原告の業務態度の不良を理由に本訴請求は信義則違反であるとか、権利の濫用である旨を主張するが、独自の見解であって採用できない。

したがって、被告は原告に対し、支給済みの退職金六六一万五〇〇〇円を控除した二二〇万五〇〇〇円とこれに対する弁済期後の平成五年四月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官林豊)

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